吾妻橋にて ― 2010/05/12
前回いつ書いたかと久々に自分のブログを見てみると2月23日ではないか。 はっきり言って忙しすぎて忘れていた。 仕事に追われると周りが見えなくなるのが最大の欠点。 -------------------------------- 今日は、たまたま浅草で打合せがあり、話題の東京スカイツリーを目にする事が出来たのでその写真。 テレビでも良くとり上げられている見物スポット。 吾妻橋からの風景。 写真で見るとパースがかかるので、東京スカイツリーが小さく見えるのだけど、実際にこの場所から見たスカイツリーの存在感は結構な迫力。 携帯で記念撮影している人がわんさかいる。 また、両脇のビルが結構個性的な形だから、余計にこのアングルが際立つのだろう。 ちなみに、写真左から、墨田区役所リバーサイド(久米設計、1990)、東京スカイツリー(日建設計、2012予定)、アサヒビールタワー(日建設計、1989)、そして一番右にあるのが通称「うんこビル」アサヒスーパードライホール(フィリップ・スタルク、1989)。 東京の象徴的なスポットになりうるインパクトのある光景です。
文字のフォルム ― 2010/02/23
営団地下鉄「表参道」駅・地下街の店舗総合案内板です。 全部横文字というのも珍しいと思い撮ってみた。 少し恥ずかしかったんですが。。。 店舗のロゴというのはそう簡単に変える事が出来ないはずなので、偶然横文字のお店ばかりが入ったのか、案内板様に横文字指定で押し通されたのか、どちらだろう。なんて事を想像してしまった。 まぁ、場所が場所なのでどちらもありうるかな。 ------------------------------------------------------ 文字というのは単純に読む事だけを目的として存在しているわけではなく、文字のフォルムから連想される対象物の雰囲気やイメージも伝える役割を持っているように思う。 建築のプレゼンテーションの時なんかは、横文字が使われる事が結構ある。 特に室名なんかは、日本語だと生々しい感じがして気になるけど、横文字だと案外気にならない。記号のような感覚になるので生々しさが消える。 もっとも日本人だから、というのがあるのだけれど、文字はフォルムでもうったえ掛けるというのは事実だと思う。
敷地の特徴 ― 2010/02/13
久しぶりにスケッチブックを更新しようと思いソフトを立ち上げたものの、スライドショーの編集の仕方を忘れてしまった。 30分くらい悪戦苦闘したもののどうしてもうまくいかず今回は断念。 今度、説明書を読み返しながらゆっくりと。。。 --------------------------------- 写真は、マンションか何かの現場の仮設事務所。 鋭角な変形敷地の角に沿って宙に浮いたフォルムと、コーナーの既存樹木をシンボルツリーとして残す計画なのだろう。。。その関係性がなかなかおもしろかったので撮ってみた。 こういう特徴のある敷地は、その特徴をうまくとらえる事が出来れば結構面白い建築が出来る可能性が高い。 反面この鋭角を、ただ単に「扱いづらい敷地だ」とネガティブに捉えてしまうと駄作となってしまうので気を付けなければいけない。 さて、実際の建物はどのようなものが出来るのやら。。。
2010年 ― 2010/01/24
2010年に入って3週間以上が過ぎてしまった。 いろいろ慌ただしく、恐らく人生で初めて年賀状を出しそびれてしまいました。 いまさら新年の挨拶というのもタイミング外しまくりで、今年はちょっとすっきりとしたスタートが出来なかった。 いくらタイミングを逃してしまったとはいえ何事も1回目という事柄を避けて通る事は出来ず。。。 本年1回目。 ----------------------------------------------------------------- 京都・大徳寺塔頭龍源院の庫裡と方丈に挟まれた隙間にある壺庭「東滴壺(とうてきこ)」。 もっとも小さい枯山水庭園として有名。 ここは常時一般公開されている庭園なので良い。 非常に狭い空間ではあるけど、その狭さを全く感じさせない世界。。。というより宇宙のような深みを感じる。 こんな空間は恐らく昔の日本人にしか創り出せないのではないだろうか。
伊東忠太の建築 ― 2009/12/19
伊東忠太という建築家の存在を初めて知ったのは学生の頃。 新建築社から「20世紀の建築」という特集が出版され、そこで築地本願寺が見開きで結構大きくとり上げられていた。 当時は、高松伸とか安藤忠雄とか磯崎新とか、、所謂、現在活躍中の華やかでかっこいい建築家に憧れていたので、建築家としての伊東忠太にもその建築自体にもそんなに興味を惹かれるものはなかった。 ただ、「伊東忠太」という名前の響きと覚え易さからか、不思議と頭の中にはこの名前が刻まれ続けていた。 ---------------------------------- この「伊東忠太」という建築家。 実は偉大な人なのです。 日本で最初の日本建築史学者です。日本建築史の祖。 更には「architecture」の日本語訳に「建築」という言葉を当てようと主張したのも伊東忠太なのだそうです。 築地本願寺の他には、明治神宮や京都平安神宮の設計も手掛け、伊東忠太の建築は知らず知らずの内に目にしているものが多い。 ---------------------------------- 写真は「湯島聖堂」。 関東大震災で焼失後、旧聖堂を模して鉄筋コンクリート造で再建されたもの。
真黒に塗られた本体と緑青がかったような色の瓦屋根とのバランス・相性がよく、非常に美しい建物だと思う。
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